スランプ

家に帰ると、ずぶ濡れの愛斗の頭にタオルをかけ

 

 

由莉「今、お風呂沸かすから、それともすぐシャワー入っちゃう?」

 

話しかけても虚な目で黙っている愛斗。

 

由莉「…風邪ひいたら、困るでしょ?ね?」

 

愛斗「…由莉ちゃん」

 

由莉「何?」

 

愛斗「…ごめん、なんか、変みたい」

 

由莉「変なのは、今に始まったことじゃないでしょ?」

 

愛斗「へへへ」

 

愛斗が弱々しく笑いました。」

 

由莉「もう、お湯溜まる前に、あっついシャワー浴びちゃって」

 

愛斗「一緒に入ろ?」

 

由莉「ふざけないで」

 

お風呂場に愛斗を突っ込み、扉を閉めました。

 

いつも、何考えてるかわからない。
ただ、わかるのは
なんか、弱ってるな
ってこと

由莉「…何かあったの?」

 

お風呂から上がった愛斗の髪をわしゃわしゃ拭いてあげる由莉。

 

由莉「風邪ひいたら大変でしょ、踊れなくなっちゃうよ」

 

愛斗「…大丈夫、僕、踊るわけじゃないし」

 

由莉「え、踊らないの?」

 

愛斗「…うん」

 

紅茶飲みたい、と、ふらっと由莉から離れ、ゴソゴソ紅茶の缶を取り出して、お湯を沸かす愛斗。

これ以上話をしたくなさげでしたが、何かありそうで、ぎこちない会話を続けさせます。

 

由莉「舞台、プロデュースだけなんだね、今回」

 

愛斗「そう」

 

由莉「すごいね、大人数の人動かしてるんだもんね…」

 

愛斗「…踊れない踊り子に、すごいもなんもないよ」

 

由莉「…踊れない?」

 

愛斗はあ、しまったという顔をして、カップを取りに行きます。

 

由莉「なんで踊れないの?怪我でもしてるの?」

 

愛斗「いや…怪我はしてない…別に大したことないよ大丈夫」

 

由莉「大したことだよ?」

 

愛斗「いいって、僕のことは…それより、さっきの男の子…邪魔してごめん、いい感じだったのにね…」

 

由莉「話そらさないで」

 

愛斗「いいの、由莉ちゃんには話したくない」

 

少し強く言ってしまった、と慌てて顔を上げると、

ポロポロと涙を流している由莉。

 

愛斗はカップを台に置き、焦って由莉に駆け寄ります。

 

愛斗「ごめん、由莉ちゃん、泣かないで?」

 

由莉「なんで、話してくれないの?私、そんな頼りない?」

 

愛斗「え?」

 

愛斗に慰めてもらって、与えられてばっかりで、何もしてあげれてないのに。

冷静に、愛斗を慰めて、力になりたいのに。

なのに、感情的になってしまう、わがまま言ってしまう。

 

由莉「…ごめん、こんな泣いてたら、そりゃ、頼れないよね」

 

愛斗「由莉ちゃん、違うよ?よくあるの、こういうスランプ。前も、いつの間にか治ったし。だから、大丈夫だよ?心配しちゃった?」

 

由莉「…大丈夫でも、話してくれなきゃ悲しい…」

 

由莉は唇をぎゅっと結び、愛斗の手をにぎにぎ。

 

愛斗「…そっか…じゃあ、聞いてくれる?」

 

由莉「うん」

愛斗の海外でのバレエ団での生活は。

いつも通り、もらった役を演じ、拍手を浴び、また練習。

怪我もなく、安定した人気を得て…忙しいけど、これが求めてた生活なのかな。

恋人も、いたりいなかったり、普通に楽しいし。

 

今日もいつも通り、公演をやり切って…のはずが

愛斗のソロの場面で

ドサッ

ステージの真ん中で転んでしまいます。

ハッと顔をあげ、何もなかったように続けようとしましたが、

 

あれ

 

演者と観客の視線が刺さり、動けない。

音楽は進んでいくのに、自分の周りの空気は凍っている

耳の奥がキーンと響く。

頭の中が真っ白…目の前が…暗く……

 

気づいたらステージ裏にいた。

大丈夫?と仲間が駆け寄ります。

公演はいつの間にか終わっていて、

みんなに謝罪しましたが、それよりも心配の声が多い。

そんなにやばい状態だったかな。自分。

 

 

愛斗は起き上がれるようになると、つまずいてしまったところの確認をしようと音をかけますが、

 

愛斗「…あれ…」

 

音楽が流れるように入って、自然と体が動いていくのに。手足がこわばって動かない。

 

愛斗「……」

 

踊れない…

 

なんで?

 

 

愛斗「うちのボス、優しいから、しばらく休みくれたんだけど…遊んでも、気分転換しても、全然ね…今は、なんでバレエやってんのかもなんかわかんなくて」

 

由莉と肩を寄せながら、ポツポツと話しています。

 

愛斗「踊れない踊り子なんて、羽のない白鳥だね、いつか…消えちゃう」

 

口元に無理矢理笑みを浮かべますが、

いつにも増して儚さが際立ち、今にも消えてしまいそう…

愛斗の手を両手で包み、

 

由莉「愛斗くんは踊り子でも、白鳥でもないよ、愛斗くんじゃん。私は…」

 

より、手に力を込め

 

由莉「愛斗くんがいなきゃ…嫌、だから、消えちゃうなんて…言わないで…?」

 

人形のように動かなかった瞳が由莉をとらえ、震える声で

 

愛斗「…ありがとう、由莉ちゃん」

 

恥ずかしそうに目を逸らし、 

離れようとする愛斗を引き寄せて、強く抱きしめながら、

 

由莉「…愛斗くんには、私がいるから。」

 

愛斗「…可愛いね、由莉ちゃん。ありがとう」

 

由莉「…私が守るから。」

 

続く

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