凍らせて
だいち「あのぬいぐるみお前に似てね?」
指差したのはクレーンゲームのアザラシのぬいぐるみ。丸っこくて、びよーんととろけた顔をしてる。
柚葆「私もう少しキリッとしてるつもりなんだけど」
だいち「そうか?俺からみたらあのぐらい可愛いけど」
さらっと可愛いとか。
やめてほしい、こんな女100人ぐらいいそうな男にきゅんきゅんなんてしたくない。
だいちはそのクレーンゲームに片手でお金を入れて、一発でとりました。
柚葆「えー!!すごい!」
思わず大きな声で喜ぶ柚葆。
そのキラキラした顔にあざらしをむにっと押し付けるだいち。
だいち「ほら、お前らそっくり」
柚葆は押しつけられたぬいぐるみを押し返して。
柚葆「お前じゃない、私は柚葆って名前があるんだけど」
だいち「んー、ユズホ?珍しいな」
柚葆「そうでしょ、覚えときな」
だいち「覚えとく、じゃ、次」
柚葆「え?次?」
だいちはスタスタゲームセンターを出ていきます。
あざらしを抱きかかえたまま、柚葆は慌ててちょこちょこついていきます。
だいちはポンとまたヘルメットを渡し、
だいち「乗れよ」
柚葆「…もう帰りたいんだけど」
だいち「もうちょっと」
助けてもらったし、仕方なくもう一度バイクに跨りました。
・
着いたところは昨日の河川敷。
昼の川はキラキラして空気がより澄んでいる気がします。
だいち「気持ちいいだろ」
柚葆「あなたとじゃなかったらねーー」
皮肉を言って川に近づきました。
柚葆「なんで『氷』って呼ばれてるの」
だいちは目を丸くして
だいち「へー、知ってんだ」
柚葆「友達が騒いでるのよ、イケメンヤンキーだとか言って」
だいち「ふーん、ユズホは騒いでなかったん?」
柚葆「騒いでませーん」
だいち「なんだ」
柚葆「んで、なんで氷なの」
だいち「知らねーよ、別に氷っぽい名前じゃねーし俺。…母親には冬ってつくんだけど、弟は夏だし…まあ、そんなの誰も知らねーし」
柚葆「へー、じゃあ、髪の色じゃない?」
だいち「髪?」
柚葆「白っぽい金髪だし、毛先青いし」
だいち「あー、かもな、確かに」
夜に見たよりも、キラキラしてる金髪。ヤンキーなのに、顔に一つも傷がない。強いんだこの人。
だいち「昼の方がいいだろ?」
柚葆「ん?なにが?」
だいち「河川敷。昼の方がキラキラして綺麗だろ」
柚葆「まー、そうね」
だいち「ここは夜来るところじゃねーよ」
そう言って立ち上がって石を川に投げ入れました。
ぽんぽんぽん、3回跳ねました。
夜、危ないから、出歩くなってこと言うために、わざわざ連れ出したのかな。
優しいところもあんのね。
柚葆「ありがとね」
だいち「なにが?」
柚葆「色々よ。明日からまじめにちゃんと授業受けるわ」
だいち「は?それじゃつまんねーだろ、俺が」
柚葆「…別に私じゃなくてもいいでしょ、他の女の子誘えば?私の友達も、憧れみたいだし。氷くんの」
だいちはむっとした顔をして、しゃがんで、柚葆の顔を片手でむにっと掴み。
だいち「他の女とか、別に興味ねーから」
柚葆は掴まれたまま、睨み返し。
柚葆「どう言うこと」
だいち「…お前は俺のおもちゃだから」
柚葆「はぁ??」
だいちは手を離し、今度は腕を掴んで柚葆を立たせました。
だいち「帰るぞ」
そのまま柚葆の腕を引き、歩き出しました。
何が何だかわからない。ただ、自分のこと面白がってるんだ、この人。それだけわかった。
それからは放課後、バイクで押しかけてくることが増えました。
授業中じゃないだけいいのだけど。
別に嫌ではないし。
暇つぶしにはよかった。
笑った顔が、可愛かったし。
・
ある日、いつも通り校門で待っていただいち。ぼーっとバイクに跨っています。
柚葆が声をかけると。
だいち「悪いけど、これ着て」
柚葆「え」
だいちは自分のパーカーらしきものを渡します。
柚葆「…別に寒くないけど」
だいち「いいから」
柚葆は言われるがままパーカーを着ました。大きくて、制服のスカートまですっぽり隠れました。
そういえば今日はだいちも制服じゃない。意外とシンプルでおとなしい服装だ。
柚葆「今日私服なの?」
だいち「いけてるだろ」
柚葆「はいはい、そうね」
いつも通り、バイクに跨ってだいちの腰元を掴みます。
だいち「…前から言いたかったんだけど…もっとくっつけよ、振り落とすぞ」
柚葆「落ちたことないじゃん」
これ以上くっつくのは恥ずかしい。仕方なく少しだけくっつきます。
だいち「もっとだよ」
柚葆「い、いやよ!!」
だいち「いいから」
こうなったら…思いっきり抱きついてやる…とぎゅううっと抱きつきました。
ちょっとは動揺しただろうと、だいちの様子を伺いますが。
だいちは俯いたまま。
柚葆「…なんか言いなさいよ」
だいち「…行くぞ」
そのまま、また派手な音を出して出発しました。
その日のだいちはいつもより口数は少ない気がしました。
たまに柚葆の顔をぼーっと見つめて、パッと目を逸らす。
そんなのの繰り返し。
何。と聞いても、別に。と返ってくるだけ。
気付くともう暗くなっていました。こんな遅くまで一緒にいたことなんてない。
家の近くに着く頃には流石に怒られそうな時間に。
だいち「悪いな、遅くなって」
柚葆「…ねえ、今日…変だよなんか」
だいち「…別に、なんも変わんねーだろ」
そう言いつつ、いつもなら降ろしたらすぐ出発するのに動こうとしません。
柚葆「あ、パーカー、返さなきゃ」
だいち「いい、やる」
柚葆「困るってこんなぶかぶか」
だいち「いらなかった捨てていいから」
柚葆「いやそんな…」
だいちの服と香水の香りに包まれて帰ったら親になんやかんや言われそうだけど。
怒られるのも怖いので、じゃ、っと手を振って家に向かいます。
だいち「柚葆!」
いきなり名前を呼ばれ、振り返ると、顔をガッと掴まれ。
すごい勢いで、唇に柔らかいものが押しつけられます。
柚葆は更に硬直。
一瞬だったかもしれない。
でも、柚葆にはすごく長く、ゆっくりとした時間が流れます。
少しだいちの舌ピアスが唇に触れた後に、そっとぬくもりが離れていきます。
暗さでだいちの表情は見ることができません。
そのままくるっと後ろを向き。
だいち「…じゃあな」
だいちは後ろ向いたままこちらを一度も見ずにバイクで去っていきました。
柚葆「…え?」
柚葆の唇に、まだ、柔らかいぬくもりが残っていました。
・
柚葆ママ「柚葆!!!こんな遅くまでどこ行ってた…あれ?柚葆ーー?」
柚葆は家族に声をかけられるよりも早く自分の部屋に駆け込みました。
そのままベットにダイブしてだいちの香りがする服ごと自分を抱きしめました。
今日口数少なかったのってこういうこと?!
照れてたの?見つめてたのも無意識に気になってたのかな?
もっとくっつけって言ってきたのも…?
柚葆「…キス…しちゃった…!」
初めてのキスにうきうきが止まらない柚葆。
次…明日、来るかな。
ワクワクしながら明日を待ちました。
・
それからしばらく待っても、だいちは来ません。
連絡先知らないし、どうしてるかなんてわかりません。
菻「最近来ないね、氷くん」
柚葆「別にね、いいんだけど」
そう言いつつ、すごく気になる柚葆。
怪我とか…してるのかな…柚葆の前では見た目が派手なただの優しい男の子。
でも、ほかの人の前ではヤンキーだもん…
女友達「…ねぇ、柚葆、付き合ってた?わけではないんだよね、氷さんと」
柚葆「!!!誰が、あんな男と…」
女友達「それならいいんだけど…」
女友達がすごく気まずそうに。
女友達「なんか…おとなしそうな女の子と一緒に歩いてるの見た人がいたらしいよ…」
女友達「割と夜中…頭撫でたりしてたらしい」
柚葆「…」
だから、普段、自分は放課後少しだけだったんだ。
夜中はその女の子と会うために。
仕方ない。自分とは遊んでただけだ、おもちゃって言ってたし。
自分から…好意を向けたこと…なかったし。
あれも、遊びだったんだ。
柚葆は肩を震わせます。
菻は柚葆のことを察して、心配そうに見つめます。
菻「…大丈夫?」
柚葆「…決めた。」
菻「ん?」
柚葆「大学生になったら、一途で爽やかな黒髪男子と付き合う」
菻「…はい?…うちらみたいに派手な女にそう言う男の子は…近づいてこないと思うけど」
柚葆「私が、変われば、問題ない」
あいつ…氷のやつ…女で遊ぶような人間、大っ嫌い。最低…
何も言わずに、居なくなって…
柚葆は立ち上がり、拳を震わせ。
柚葆「ファーストキスなんて忘れてやるううううう!!!」
ここから柚葆のあざと女子の道が開かれました。
続く