ドンドンドンドン
誰かがドアを叩く音。
晴翔の母「晴翔!!起きなさい!いつまで寝てるの?」
母親だ、
昨日、本棚を倒してドアを塞いでしまったのを思い出した。
よかった、中に入って来られない。
晴翔の母「晴翔!お母さん家出るよ?!いつまでも不貞腐れてないでちゃんと学校いくのよ!」
行きたいよ、学校。
でも、歩いて、息して、
そんな当たり前のことができる自信がない。
裕翔「母さん!兄ちゃんなんか…やばそうだから、病院連れてってあげてよ」
晴翔の母「病院?なんの?」
裕翔「…わかんないけど」
晴翔の母「とにかく!うまくいかなかったからって!さぼんないの!終わったことはおわったん…」
晴翔「うるさい!!!」
晴翔が家族も聞いたことないぐらい声を荒げました。
裕翔「…兄ちゃん…??」
晴翔の母「……晴翔…?」
2人とも驚いて言葉を失います。
滅多に怒らない晴翔が…
晴翔の母「…ほっときましょ」
裕翔「や、絶対おかしいだろ?にいちゃんが…あんな」
晴翔の母「やっぱり、試合、負けたの悔しいんじゃない?
満足するまでやれればいいけど、裕翔の学費あるから、強い私立大諦めてくれたし」
裕翔「…え、そうなの?」
晴翔の母「あ、黙っててって言われたんだった」
裕翔「俺の高校のため?」
晴翔の母「…そうね、こんなこと言いたくないんだけど。
裕翔の方が選手として見込みあるし、私立高校、大学…行かせてあげたいって…」
裕翔「…なんだよ…それ…知らないで…俺」
晴翔の母「…やば!仕事行かなきゃ…」
裕翔「え?仕事行くの?兄ちゃんほっとくのかよ!」
晴翔の母「寝てれば治るわよ、行ってきます!」
裕翔は部屋の前で立ち尽くしてしまいました。
酷いこといった……
自分のためなのに…
裕翔「…にいちゃん…ごめん…」
どうしたらいいんだろう…
怖くて声かけれない…
・
愛華「はる学校きてない」
愛華は晴翔に何回か連絡しましたが、応答がなかった。
由莉「今日、様子見に行く?」
愛華「うん」
担任が教室に入ってきて、ホームルームが始まる。
ぶー、ぶー、電話が鳴った。
裕翔からだ。珍しい。
愛華「もしもし?」
担任「こら、一川、ホームルーム中だぞ」
愛華は無視して続けます。
愛華「裕翔?どうしたの?」
裕翔『あいちゃん…にいちゃんが…』
愛華はガタンと立ち上がり、荷物を持って教室を飛び出しました。
担任「おい!一川!!!」
・
急いで晴翔の家に行くと今にも泣き出しそうな裕翔が晴翔の部屋の前にいました。
裕翔「にいちゃん…なんかおかしくなっちゃった…」
愛華「どうしたの?」
裕翔「部屋から出てこないし…昨日、なんか、ガシャンって…倒れる音して…」
愛華は晴翔の部屋に声をかけます。
愛華「はる?はる?起きてる?」
愛華はドアに耳をつけて中の音を確認します。
足音がこちらに向かってきます。
恐る恐る声をかけます。
愛華「…はる?」
晴翔「…あい?」
か細く震えた声。
愛華「どうしたの?お顔見せて?」
ドアが開かない。晴翔に呼びかけるしかあげる方法がない。
晴翔「…ごめん…無理」
愛華「どうして?はるのお顔見て話したいの」
晴翔「今会ったら…酷いことしちゃうかもしれないから…」
愛華「あいは何も気にしないわよ?お願いはる」
ドアの向こうから、微かに、鼻をすする音が聞こえます。
そして、絞り出すかのような声で。
晴翔「…傷つけなくない…」
傷ついているのは…晴翔でしょう…?
愛華は耳をドアから離します。
愛華「毎日、来るから、お話しだけでもしましょ?」
中から返事はありませんでした。
裕翔「…にいちゃん」
ドアに向かって声をかけても、返事がない。
何回もドアを叩く。
裕翔「にいちゃん、にいちゃん!」
晴翔「…どした?」
か細い、聞こえるか聞こえないかの声で答える晴翔。
裕翔「俺のためだったの、大学、かえたの…空手もやめたの…」
晴翔「…父さんと母さんから、聞いたの?」
裕翔「…俺のためなのに…ひどいこと言った。」
裕翔は声を震わせて、泣きそうになるのを堪えます。
空手辞めて、お気楽だな
晴翔だけ、プレッシャーから逃れて、
そう考えていた前の自分を責めたい。
一度出た言葉の刃はもう、戻すことなんてできないのに。
晴翔「……裕翔のせいじゃないよ?どっちみち、推薦、取れないし、空手、辞めるつもりだったから…」
裕翔「なんでだよ、なんだ嘘つくんだよ!空手、辞めたいわけないだろ!にいちゃんが!
俺に嘘つくなよ!!
俺より、俺より、強いだろ!強いんだよ!!
だから…だから!!」
言いたいことがうまく言葉にできない。
正直空手なんてもう、どうでもよかった。
兄の顔が見たい。
しばらく間が空いて、
晴翔がポツリ、
晴翔「…俺……もう、なにもできないよ」
かすかな声で呟く晴翔。
裕翔はその消えそうな声に涙が溢れてしまいます。
晴翔の声は、落ち着いていて、芯がある声だった。
心にストンとまっすぐ届くような。
晴翔「…ごめんね、裕翔」
裕翔「…え?」
晴翔「…こんな兄貴じゃ、恥ずかしいよな、大会だって、ださい終わり方で」
裕翔「いや、そんな」
晴翔「……ごめん」
晴翔はいつだって強かった。
空手の大会で連続優勝した時、裕翔は自分のことのように嬉しくて、誇らしかった。
愛華と裕翔と、家族を守ってきた背中は大きくて、
大学生になったら、やっと一緒に戦える。
3つ違いだから、大学生でしか、同じ場所で空手をすることができない。
それが、夢だった。
夢だっただけなのに。
自分の夢を押し付けて、
兄は、壊れてしまったのか…
裕翔「う〜〜っ」
裕翔はぐしゃぐしゃに泣き始めてしまいました。
愛華「裕翔、泣かないの…」
愛華が背中をさすります。
晴翔もこんなふうにたくさん泣ければいいのに。
晴翔は空手のこと以外も何か抱えている…
いつか話してくれるのを待つのではなく、
晴翔が話してくれるよう、凍った心を溶かしてあげなければ。
愛華には人に歩み寄る方法が一つしか浮かびません。
昔、自分を救ってくれたように。
続く