試合当日、体調は最悪だった。
吐き気と戦って、なんとか食事も摂って。
早めに布団に入ったのに。
誰もいなくなった更衣室。
しゃがんだまま、体が震えてきた。
力が入らない。
今日、愛華、観にくるんだ。
優勝するんだ。
絶対。
気力だけで立ち上がり、会場へ向かった。
・
試合会場はざわざわして、みんな自分に注目している…そうだよな、優勝候補って言われてるし。
挨拶をして、試合が始まった。
全然集中できない…相手の攻撃をガードするだけで精一杯。
目が、回って…
ガッ
ドサッ
尻餅をついて、立ち上がれない…
…負けた?
何も…できてないのに…?
会場が凍りついた。
優勝候補が?
初戦で?
尻餅ついて?
いいところ、なしに…?
視線が痛い。
サーッ…と頭から血が引ける。
挨拶して、ふらふら、会場を後にした。
同期も後輩たちも、顧問も、何も晴翔に声をかけられなかった。
晴翔も仲間の顔も見れない。
そのまま、外へ出て、会場の外の階段に座った。
ああ、空手人生終わったんだ。
愛華「はる!」
愛華だ。
このあとの記憶は曖昧で、愛華に慰めてもらった気がする…
晴翔は階段で気を失い、いつのまにか病院に運ばれ、入院することになりました。
入院する部屋のベットの上で眠る晴翔の腕に、栄養剤の管が繋がれています。
愛華はそっと晴翔の頭を撫でます。
愛華「…熱い…」
ずっと具合悪かったのかな。
無理して、試合出たんだろうな。
みんなの期待、背負って。
ちゃんと、おせっかいでも、手助けできること、あったんじゃないかな…
そのままほほを撫でると、
晴翔「…ん……」
晴翔が眉間に皺を寄せて、もがくようにモゾっと動きます。
愛華「はる?起きたの?」
砂漠で水を探し求め、もがく人のように手をバタバタ手を動かし、ガシッと頬を撫でていた愛華の手を押さえます。
消えそうなほどの微かな声で、
晴翔「…あい……ごめん…」
愛華「…え?」
愛華は晴翔の口元に耳を近づけますが、
すー…すー…
晴翔は寝息を立てていまた。
愛華「…どうして謝るの?」
つーっと晴翔の目から涙が、
晴翔に掴まれた反対の手で涙を拭います。
愛華「…辛かったのに…助けられなくて…ごめんね」
・
晴翔の目が覚めてから愛華はさっさと塾に行ってしまいましたが。
由莉「愛華、あんなにあっさりしてるけど、晴翔が起きるまで、ずーっとそばにいたんだよ?」
晴翔「え」
由莉「全然起きなくて…目、覚めなかったら…どうしようとか、心配してた」
晴翔「……そんな」
由莉「…大丈夫?」
晴翔「…だ、いじょうぶ」
晴翔は布団を被り、由莉に背中を向けました。
栄養剤の管がグンと張り、カランと動きました。
弱ってるとこ見られたし、試合負けるし、最悪…
由莉「…はあ…あんま気にすんじゃないわよ?」
由莉は静かに出て行きました。
家族もお見舞いに来てくれた。
裕翔「にいちゃん…大丈夫?」
晴翔「…あーうん」
裕翔「大学の大会でまた頑張ればいいだろ!」
晴翔「…やー…推薦取れないし…どのみち大学ではやらないつもりだし。」
裕翔「…は?空手辞める…?」
裕翔は顔を曇らせます。
晴翔「え、うん、大学じゃやらないよ?」
裕翔「なんでだよ?故障とかしてないじゃん」
晴翔「別に。選手目指してるわけじゃねーし…」
裕翔「一回負けたぐれぇで、何弱気になってんだよ!
晴翔の母「裕翔!お兄ちゃんはね…」
晴翔「母さん。いいって」
裕翔の学費のため、なんて言ったら、裕翔、プレッシャー感じるし。自由に道選べない。
裕翔「…兄ちゃんがそんな腰抜けなんで、がっかりだわ」
裕翔はドタドタ足音を立て部屋を出ました。
晴翔の母「ちょっと!裕翔!」
晴翔「…俺、大丈夫だから、母さんも行けば?」
晴翔の母「…もう、入院しててもしっかり者ね」
またね、と言い母親も病室を後にしました。
晴翔「……ふー」
腰抜けか。
他の人も、そう思ってんだろな。
また熱が上がったのか、ぼーっとしてきた。
続く