温かいパン
柚葆とだいちに千奈といるところを見られてしまった井間。
だいち「まぁ…追いかけるんで、大丈夫です。
…井間さん…言うことあるならちゃんと彼女さんに言ったほうがいいですよ、すぐ
時間経つと、面倒ですよ。」
そう言ってだいちが柚葆を追い、デパートから出ていきました。
眉間に力を込め、深くため息をつく井間。
千奈「…たかちゃん…大丈夫?」
井間は離した手をもう一度繋ぎ直し。柔らかい笑顔に戻り。
井間「…今日は、もう帰ろっか」
千奈「うん、うちでご飯食べてくでしょ?」
井間「…いや、今日はいいや、ごめん」
千奈「…そっか…寂しいな」
井間「もうすぐ1人じゃなくなるから、それまで、がんばろ?」
優しく微笑みながらそう言うと、千奈の手をひき、千奈の家まで送りました。
・
家に着くと、ちょっと待ってて、と千奈は井間にコーンスープの缶を渡しました。
小さいのにずっしり、冷たい。温めて食べよ。
千奈の家のドアが閉まると同時に、井間の笑顔が消え、疲れたような、寂しい顔になります。
ケータイ電話を取り出し、ある人に電話をかけます。1コール目、2コール目…一向につながりません。
井間「…嫁より、そんな大事なのかよ…」
すると、今度は電話がかかってきました。やっとかけ直してきた。誰からか見ずに出ます。
井間「何回も電話したんだけど…仕事忙しいの?」
芽衣『え?ごめん!気づかなかった!電話してくれてた?」
井間は相手が芽衣とわかると、ほぐれたように自然と笑顔になります。
井間「あ、ううん、ごめん、さっき別の人にかけてて」
芽衣『あー!そっか!全然大丈夫!井間さん今日この後暇?」
井間「うん、空いてるよ」
芽衣『今日葉子にパンの作り方教えてもらって!たくさんできたから持って行っていい?』
井間「持ってきてくれるの?楽しみ」
芽衣『めっちゃ美味しいよ!5時ぐらいでいい?」
井間「うん、おいで」
芽衣『じゃ!あとで!』
井間は芽衣が電話を切るまで待ち、名残り惜しそうに画面を見ました。
それから、さっきの電話の相手にメッセージを打ちました。
『たまには早く家帰ってやれよ』
何言っても無駄なことはわかっていますが、いつまでも、付き合ってられない。
芽衣を迎え入れるために 足速に帰路につきました。
・
芽衣「じゃーん!」
自慢げに作ったパンを見せます。丸くて、まだ少し温かくて、小麦のいい香り。
井間「たくさん作ったんだね」
井間は芽衣からパンを受け取ります。意外と軽いたくさん入ってるのに。
芽衣「たくさん食べてね!じゃ!」
井間「え?帰っちゃうの?」
井間が寂しそうにパンの袋をぎゅっと持ちます。
井間がそうやって寂しがるなんて珍しい。
芽衣は今まで通りニコニコして、
芽衣「おじゃましていい?」
井間「そのつもりだった。どうぞ?」
井間は片手でドアを押さえ、芽衣を招き入れました。
・
芽衣と井間は並んでソファに座り、仲良くパンを食べました。
井間「美味しい、ふわふわ」
芽衣「ね!すごいでしょ!葉子めっちゃ料理うまくて!焼きたても食べてほしかったなあ!」
井間「芽衣ちゃんがそう思ってくれるのが、すごい嬉しい」
芽衣「私に華麗なパンこね捌きもみせたかったわあ!」
芽衣はパンをこねる真似をして見せました。なにそれ、と井間はくしゃっとした笑顔を見せました。
あっためたコーンスープを飲んだり、結局しっかりとご飯を食べた2人。
お腹いっぱいになり、芽衣が井間膝に寝転びます。
芽衣「おなかいっぱいだー!」
井間「眠くなっちゃうね」
芽衣「眠たいわ〜ここで寝ちゃおっかな〜」
井間「よしよ〜し」
井間はふざけて赤ちゃんをあやすように背中をぽんぽんしました。
あったかい。
長くて明るい色の芽衣の髪に向かって声をかけます。
井間「…今日…泊まってく?」
芽衣は目をぱっちり開き、飛び起きました。
お泊まり?心の準備全然できてない、あああどうしよ。
芽衣「…準備できてない…」
井間「準備?服とか、ないものかすよ?」
芽衣「いや、そっちじゃなくて…」
井間「…だめ?」
悲しそうなその顔は餌をもらい損ねた大きな犬みたい。耳と尻尾が垂れているのが見える気がします。
芽衣「今日の井間さんかわいいね!泊まってく!!」
井間「ほんと?嬉しい」
井間が芽衣を抱きしめます。
プルルル
と同時に井間の電話が。
芽衣「電話だよ?」
井間「…いいよ、ほっといて」
しかし、切れては何度も何度もかかってきます。
芽衣「…さすがに出たら…?」
井間は渋々ケータイを手に取ります。
千奈からだ。
井間「…ちょっとごめん。」
井間は勢いよくソファから立ち上がり、玄関から外に出ました。
井間「…どした…?」
千奈『…っごめんね、…1人で…怖くて…』
また泣いてる…今日も帰ってこなかったのか。
井間「大丈夫。怖くないよ?ご飯食べた?食べれたなら、早いけど、もう寝ちゃいなよ。」
千奈『…来てくれないの?』
井間は目を閉じます。一回顔をしかめ、
井間「今はごめん、今彼女来てて、彼女と一緒にいたいから…」
千奈『…そうだよね…久しぶりに、夜出かけようかな』
井間「え、1人で?だめだよ1人じゃ…転んだらどうするの」
千奈『いいもん、寂しいより、全然転んだって…』
井間「千奈だけの体じゃないんだよ?」
千奈『もう、どうでもいい…ゆきひろも、関心ないし…』
井間「…わかった、わかったから、1人で出かけるのはやめて。」
千奈『…ありがとう』
井間はすぐに電話を切り、家に入ります。
ソファに寝っ転がりながらスマホを見ていた芽衣がひょこっと顔を出します。
芽衣「長かったねえ!大丈夫だった?」
井間は暗い顔をして、
井間「…ごめん、ちょっと用事できちゃって…すぐ戻るから…まっててもらってもいい?」
芽衣「あ、ほんと?帰るよ私」
井間「だめ!」
必死な顔。今日の井間はなんか変だ…そう思い、芽衣はソファに座り直ります。
井間「…ごめん、俺の勝手な用事のせいなのに…」
芽衣「全然!暇だからまってるわ!いってらっしゃい?」
井間「…ほんとごめんすぐ戻る」
井間は小走りで出ていきました。
・
千奈の家に着いた井間。
チャイムを押すとそにで待っていたのかと思うほど早くドアが開きました。
千奈「…たかちゃん!」
千奈は井間の抱きつきますが、すぐに肩を押し、
井間「だめ、こういうのは。」
千奈「……」
千奈はポロポロと涙を流しています。
井間「落ち着くまで、いるから」
井間は千奈の背中を支え家に入りました。家の中は壁中に手すりが。千奈は手すりをつたい部屋の中に入ります。
千奈「ゆきひろくんは、もう私にも、赤ちゃんにも興味ないのよきっと。」
井間「そんなわけないでしょ?手すりだって、つけてくれたんでしょ?」
千奈「そう言うこと、ありがたいけど…それより、一緒にいてほしいのに…」
井間「千奈と赤ちゃんのために、仕事頑張ってるんだって…ね?千奈も、がんばろ」
井間はベットに腰掛けた千奈の肩をさすります。
千奈「…たかちゃんにすればよかった」
井間はピタっと手を止め、首を振ります。
井間「ううん、俺じゃ、だめ」
・
千奈が落ち着くまで時間がかかってしまった。
さすがに帰ってるかな。
重たい足で家に入ると。
芽衣「お帰り!!大変だった?こんな遅くまで…」
芽衣が元気よくお出迎えに来ました。
ポカンとする井間。
井間「…え?何で…」
芽衣「なんで?待ってるって言ったし?」
芽衣は自分より背の高い井間の肩をがっちり抱き。
芽衣「お兄さん、疲れた顔してるよ、サービスしまっせ?」
芽衣はいたずらっぽい顔で井間のかを覗き込みました。
井間はまた、子犬の目をさせて、芽衣の顔を見つめ、ガバッと抱きしめました。
いつもよりぎゅっときつく抱きしめられます。井間が自分の肩に顔を埋めている。
井間はなにも喋らず、動かなくなってしまいました。
そんな井間になにを話しかけていいのか。
とりあえず、背中をさすります。
2人はしばらく、玄関に立ち尽くしていました。
続く