春風のよう

動揺しているのか、いつもより口数が少ない菻。

 

奏「ごめんな?変な話、聞かせて」

 

菻「なんか訳あり感あり過ぎだったねえ…誰でも忘れられない恋はあるでしょ」

 

奏は目を見開き、少し寂しそうな顔をして、

 

奏「…菻も…あるの?」

 

菻「や、ないないない、私はない」

 

奏「…そ?」

 

あからさまにテンションが下がっている奏。

 

菻「やー、正直ね?正直、告白してくれたから、意識し始めたよ?奏のこと…でも、めっちゃ好きだからね?奏」

 

奏「まじ?」

 

菻の肩に手を置き、目をキラキラさせる奏。
菻は少し顔を赤くさせながら横を向き、

 

菻「もー恥ずかしいー帰る」

 

奏「もう一回!言って!」

 

菻「帰るんだし」

 

奏「どっち?」

 

奏は菻の顔を覗き込んでじっと見つめます。
菻は照れながら、

 

菻「…奏んち」

 

奏「よっしゃー!」

 

 

奏は勢いよく菻の肩を抱き寄せました。

菻にとって初めての彼氏だけど…奏は元カノいるんだろうな。

いたところで自分より女子力高いことは目に見えてる。

 

菻「奏は?忘れられない恋はあるの?」

 

奏「今じゃね?」

 

嬉しい予想外。普段そんな甘いこと言うタイプじゃないのに。
即答に菻は恥ずかしくなって鞄で顔を隠します。

 

奏「…照れてる?」

 

菻「もー!早く帰るよ!!」

 

奏「菻ー!待てって〜」

 

芽衣の知らない井間さんのことを少し知ってしまったけれど、芽衣に言うほど勇気もない。

今楽しかったら良くない?

芽衣はそういうだろうな。

 

楽しいって、思ってるのに。

 

 

自慢とかじゃなくて、自分は好意を向けられやすい。
なにしたら喜ぶかなんて、大体顔見たらわかる。
そうしてあげてたら、次第に告白されて、自分もいいなって思う子とは付き合ってた。

 

大学に入ってからはもっと激しくなって、断ることが多くなった。
自分が好きだって思う子以外とは付き合わないようにしてた。

 

でも、やっぱり終わる時は、決まって、『本当に、私のこと好き?』
そう、言われて、苦しいなら、別れよう、と、自分が切り出す。
いつも、伝わらなかった。
引きずったりはしないけど。

 

大学2年、友達に勝手にエントリーさせられて、ミスターコンに出ることになってしまった。

 

まあ、みんな楽しそうだし、いいかな、って思ってとりあえず参加した。

 

学祭の委員会。うちの学祭はすごいから、みんな本気で、意見がぶつかってるのをみることもあった。

 

ギスギスした雰囲気ありそうで、正直関わりたくないな…って思ってたけど。
その年は違った。

 

5月の暖かい、春風が、空気を変えていた。

 

一生懸命だけど、自然に、みんながウキウキするように、みんなを陰で支えていたのが、一年生の、学祭実行委員の芽衣でした。

 

自然にできるのが、羨ましかった。本人も、楽しそうで。
空気を読むのも疲れるけど、変えるのはもっと疲れる。

 

その風上には、どんな暖かさの源があるんだろう。

思わず、目で追っていた。

 

今、隣でその暖かさ、明るさをもらっている。暑すぎて、眩しすぎるぐらいね。

 

そこから離れて、日陰にあるマンションのドアの前にいる。

涙に濡れている人に傘を刺してあげるため。

 

インターホンを押すと、暗めな茶髪の華奢な女性が顔を覗かせます。

目に涙を溜め、井間を見つめます。

 

井間「…千奈…また泣いてるの?」

 

千奈「…たかちゃん」

 

井間「…今日もいないの?」

 

千奈「仕事…だって」

 

涙目の千奈を見て、ティッシュを渡します。

 

井間「そういう時は、ご飯、食べて、寝よ?」

 

 

井間はいつもの柔らかい笑顔を向け、千奈と共に家に入りました。

千奈の左手の薬指には、光るものが。

 

続く

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