氷が溶けて
菻と柚葆は理玖が働いているcafe branchでお茶をしていました。
柚葆「はー…奏くんはいいよね、一途で。」
菻「…何?いきなり、晴翔くんのお友達のあのメガネの人と仲良いでしょ。真面目そうな…」
菻と柚葆は高校生の頃から仲良し。菻は、メガネの人、そう、だいちの正体知らないのか。
柚葆「実は…あの人、ヤンキーの『氷』だったの…」
菻・理玖「えええええええ?!」
菻と、後ろにいた理玖も驚きます。
ちょうど飲み物を持ってきたそう。こぼしそうになり、おっとっとと、バランスを取ります。
柚葆「…や、何で理玖くんまで驚いてるの…」
そういえば、前、ここでだいちとあの金髪ギャルと会ったな…
ギャルと理玖くん、仲良いんだっけ。
理玖「…だ、だいちくんのヤンキー時代こと知ってるんですか…」
柚葆「や、まあ…」
菻「高校の時いい感じだったんだよ〜この人」
柚葆「余計なこと言わないでもらっていいかな…」
理玖「…ってことは…柚葆さん…『会いたい女』…」
柚葆「…はい?」
菻「え?なになになに?」
理玖「…柚葆さん、もしかしてですけど、ヤンキーやめた理由…知らない…ですか」
柚葆「…知らない」
理玖「…多分、だいちくん、強がって言わないと思うので、教えちゃいます…」
理玖はいつのまにか席に着き、過去のだいちについて話し始めました。
・
だいちの弟、そして、理玖の親友、夏樹が中学生の時。この頃から、俳優『FUYU』として活動していました。今ほど売れてはいませんでしたが。
この日も、ドラマの撮影で、帰りが遅くなりました。
帽子を目深く被って早足で駅から家に向かいます。可愛らしい瞳を震わせて。体型と髪が隠れた格好をしていると、よく、だいちと並んでいても『妹さん?』と間違えられた。
後ろから気配が…気のせいかな
最近、誰かに見られてるような…
さっきより速く歩きます。すると明らかに誰かの足音がついてくる。
ストーカー?
怖くなって、走り出すと、より足音が大きくなる。
相手を巻くために角を曲がると
誰かとぶつかってしまいます。ぼんと跳ね返り転びました。
ストーカーに先回りされてた?
怖くてそのまま縮こまると。
だいち「あぶねーな…何慌ててんだ夏樹」
聞き慣れた声。顔を上げるとだいちが心配そうに顔を覗いています。
夏樹「…にいちゃん…」
夏樹はそのまま座り込んでんでポロポロ涙を流します。
だいちは夏樹の肩をさすり。
だいち「どうした?痛かったか?」
夏樹「誰かに、つけられてる気がして」
だいち「は?誰だ、俺がぶっ倒してやる」
夏樹「だ、大丈夫大丈夫…」
夏樹はだいちの腕を掴みます。
だいち「最近、遅いもんな…現場まで迎え行くか?」
夏樹「いいよ、にいちゃんみたいなヤンキーが現場来たらそれはそれで問題だよ」
あ、そうだよな。
夏樹はこれから有名人になるのか。
俺がなんか問題起こしたら…こいつの夢、邪魔するよな…
夏樹が俳優やってなくても、学校とかで、なんか言われてたりしたのかな。
だいち「ごめんな、夏樹」
夏樹「…なんでにいちゃんが謝るの」
だいちは夏樹を起こし、頭をぽんぽんと撫でました。
だいち「帽子、もっと深くかぶれるの買ってやる」
もうそろそろ、自分勝手なことするのやめ時か。
暗い夜道を兄弟肩を並べてまっすぐ歩きました。
・
その後も、ストーカー被害が収まらない。
まだこの頃売れていなかった夏樹は、送り迎えなどしてもらえません。
この日は駅で待ち伏せされて、追いかけ回された。
たまたま駅員さんに保護されたからよかったものの。
だいち母「…お母さん、迎え行こうか?」
夏樹「…いや、危ないよ、母さんも」
母子家庭なので働く母親に迷惑かけるのも、危険な目に合わせるのも嫌。
でも、怖かった。思い出しただけでも、吐き気がするほど恐怖。
でも、仕事、辞めるわけには…
だいち「俺が迎え行くか」
後ろからだいちの声。
夏樹「だから、にいちゃんは…っえ?」
そこには真っ黒な髪のだいちが。髪も切って、まるで別人。
夏樹「にいちゃん?!なんで…」
だいち「イメチェン」
夏樹「いやいやいや」
だいち「なー母さん、俺転校していい?」
だいち母「て?」
だいち「新しい刺激欲しいんだよ〜じゃ、よろしく〜」
だいち母「だいちー!…はあ…でも、さっぱりした髪になって…かっこいいね、ふふふ」
母はだいぶ呑気である。この性格だから、乗り越えて来れたんだろう。仕事も育児も。
夏樹はだいちを追いかけ、部屋に入ります。
夏樹「…にいちゃん」
だいち「似合うだろ〜この髪」
夏樹「そうじゃなくて…俺のためにそんな…転校まで」
だいち「お前のためじゃねーよ、まじなこと言うと、間違ってたんだよ」
夏樹「なにが?」
だいち「母さん守るために、強くなりたくて、体強くして、喧嘩強くなって…なんてしてたら問題児になっちまって…もうそろそろ、ほんとに守れるように、ちゃんとしたかったんだよ。お前は小さい頃から仕事して、支えてたもんな。ほんとすげえよ」
夏樹「俺が、仕事してるの、母さんにためじゃねーよ。俺の夢のため」
だいち「それならなおさら応援したいじゃねーか」
だいちは片方の口角だけ上げてにやりと笑って見せました。
夏樹はここまでやる行動力に圧倒されます。
夏樹「彼女とかいたんじゃないの?…学校に」
だいち「…いや…いない。会いたい奴には、ちゃんと、会いに行くから、心配すんな」
夏樹「…ありがとう…頑張るから」
だいち「無理すんなよ」
・
だいちは転校して、すぐ、柚葆のいる学校に行きました。
しばらく会えなかった。
ちゃんと会って話したい。
待っていてもなかなか出てこない柚葆。
男子生徒「お前、こんなとこでなにやってんだ?」
ゆっくり顔をあげるだいち。
派手な格好をした男子生徒達。
ヤンキー姿じゃないから、絡まれるのか。腹立たしい。
だいち「柚葆いるか」
元のトーンで話しかけます。
男子生徒「あ?柚葆に何の用だよ」
だいち「別になんだっていいだろ、会わせろ」
男子生徒「なんだその態度」
男子生徒「お前、舐めてんのか?」
男子生徒が飛びついてきますが、全部避けるだいち。このぐらい、まとめてぶっ飛ばしてやりたい。
けど、問題起こしたら元も子もない。転校した意味も、優等生演じてる意味も。
男子生徒「君〜なかなかやるね」
男子生徒「俺たちに勝ったら柚葆に会わせてやるか?」
男子生徒はだいちをからかいます。
めんどくさい、姿を変えただけで、こんなことになるとは。
だいち「くそ…」
男子生徒「あ!逃げた!」
男子生徒「じゃーねー!優等生くん!」
だいちは足速にその場を離れました。
絶対、見つけるから。そのときは、ちゃんと、胸張れる、自分で。
続く